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大阪高等裁判所 昭和28年(う)2154号 判決

控訴人 被告人 吉田政義 外四名

弁護人 小西寿賀一 外四名

検察官 志保田実

主文

原判決を破棄する。

被告人吉田政義及び同新田忠義を各懲役弐年に

被告人村上増一、同前田謹平及び同塩津克巳を各懲役壱年六月に処する。

各被告人に対し本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶余する。

訴訟費用は全部被告人等の連帯負担とする。

理由

控訴理由は記録に綴つてある各被告人の弁護人小西寿賀一名義及び弁護人佐伯千仭外二名名義、被告人村上増一の弁護人鈴木正一名義の各控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用し、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

弁護人小西寿賀一並に佐伯千仭外二名の論旨各第一点について、

原審第三回公判調書の記載によれば、証人松本静子の尋問供述に先ち原審裁判所は裁判官全員一致で公の秩序善良の風俗を害する虞ありと決し、審判の公開を停止する旨の決定を言渡し、傍聴人を退廷せしめ同証人の尋問供述終了後公開禁止解除決定を言渡し傍聴人を入廷せしめたことが認められ、又検察官よりなした右証人の申請理由尋問事項よりすれば同証人の尋問供述が直ちに公の秩序善良の風俗に反することもないようにも思はれ、その尋問の最初より公開を禁止したのはいささか早計の憾がないでもないが、更につぶさに本件公訴事実の内容、証人がその被害者であること、尋問事項も右公訴事実に関連したものであること等に徴すれば、証人に対する尋問供述が自ら公秩良俗に反するに至ることあるは訴訟上経験するところであるから、証人尋問の冒頭より原審が裁判官一致の意見を以て公の秩序善良の風俗に反する虞ありとしたことにあへて違法はない。現に同証人に対する尋問調書の記載によれば、検察官は冒頭より証人は本件悪戯をせられたことがあるかと発問し、裁判長も亦公訴事実の内容につき尋問している次第であるから、原審が最初より公開を禁止したことを違憲の処置であるとすることはできない。よつて本論旨は理由がない。

弁護人佐伯千仭外二名の論旨第二点について。

原判決は第一事実に於て「交互に陰部に手指を挿入し、更に被告人村上は同女の陰毛約十本位を右手で引き抜き或は引きちぎり、因て同女の健康状態に不良の変更を加へ約二日間病臥を要したる傷害を蒙らせ」と認定しているが、これに照応する起訴状記載の公訴事実では「交互に陰部に手指を挿入して猥褻行為をなしたる上、被告人村上に於て陰毛約十本位を右手を以て引き抜き、因て同女をして陰毛脱去による身体の安全性を害して傷害を与へ」となつていること所論の通りである。然らば原判決も起訴状も共に、陰毛脱去により健康状態に不良の変更を加へたことを法律上傷害を与へたものとしているのであつて、原判決が「約二日間病臥を要した」としたのは、右傷害の程度を表示したもので、右傷害の外に更に約二日間の病臥を要した傷害を認定した趣旨でないことは判文自体によりて明白である。かくの如く傷害の程度は起訴状に記載がない場合でも、裁判所は訴因の変更追加を命ずることなくして、これを認定判示し得べきものである。論旨は主として原判示を正解しないことに基くものであつて理由がない。

同論旨第三点について。

原判決第一事実に於て陰毛脱去による傷害を認定していることは前点で認定した通りであり、且被告人等が共謀の上判示所為に及び、判示松本静子の陰毛約十本位を引き抜き或は引きちぎつたことは、原判決挙示の証拠によりて認定し得るところである。しかし原判決は右陰毛約十本位の内引き抜いたのが何本で引きちぎつたのが何本であるかはこれを確定していないけれども、引用の証拠によれば、陰毛の一端に毛根が附着していて引き抜いたものと認められるものが数本あつたことはこれを認められる。

而して刑法にいわゆる傷害とは、人の体躯の生活機能を毀損することをいひ、身体に於ける生理状態を不良に変更する一切の場合を汎称するものであるところ、陰毛の毛根部分を残し毛幹部分のみを截取するいわゆる単に引きちぎるだけでは生理状態に不良の変更がないから傷害とはいえない。(大審院明治四十五年六月二十日判決、十八輯八九六頁、抄録五十二巻五八七頁、大審院刑事判例要旨集刑法四八九頁)。

しかしこれと異なり、陰毛の毛根の部分から脱取してなすいわゆる引き抜く場合は傷害となるものと解すべきものである。けだし人の毛髪の毛根部分は毛嚢に包まれて深く皮膚の真皮内にはいり込み、下端の乳頭は膨大して毛球をなし内腔を有し、血管、神経を容れているのであるから、これを引き抜くときはこの血管神経を破壊し表皮を損傷すること明らかで、これ身体に於ける生理状態を不良に変更し、生活機能を毀損するものというべきであるからである。

然らば原判決が陰毛を引き抜き健康状態に不良の変更を加えたことを認定している以上、これを以て傷害と断定したことに誤はない。しかし原判決はこの傷害の程度を前示の通り約二日間病臥を要したものと認定して居り、この認定の証拠としては論旨摘録の如く証人松本静子の原審の証言(記録第二四一頁)、同人の検察官に対する第一回供述調書(同第一一九頁)によつたものと思はれる。

これによれば被害者松本静子は本件被害後二日位寝込んだことは認められるが、これが本件陰毛引き抜きによる傷害に基因したものとにわかに断定することはできない。けだし陰毛数本の引き抜きによりては特別の事情のない限り、二日の病臥を必要とするものでないことは医学上顕著な事実であるところ、松本静子は若干痛みがあり頭痛がしたと供述しているが、この痛みや頭痛が陰毛引き抜きに基く特別の事情によるものであることについては何等供述していない。松本静子の右供述を始め記録に徴してみても、右特別の事情のあつたことはこれを認められないからである。然らば原判決が傷害の程度を約二日間病臥を要したものと認定した点については事実を誤認したものといわなければならないが、これは傷害の程度に関するものであつて、しかも右程度の誤認は判決に影響を及ぼさないものであるから、この誤認は原判決破棄の理由とするに足らない。

次に被告人等が交互に松本静子の陰部に手指を挿入したことは引用の証拠によりて認められ、記録によりても、この点に誤認はない。

更に又原判示第二事実殊に被告人吉田及び新田の両名が犯意を共通して判示の如き暴行をしたことに基因して判示傷害を与えた事実は引用の証拠によりてこれを認め得べく、記録に徴してもこの認定に誤があるとは思はれない。

よつて本論旨はすべて理由がない。

弁護人鈴木正一の論旨第一点について。

原判示第一の犯行が料亭一室に於ける酒席で行はれ、被害者はその料亭の仲居で、被告人等と平素眤懇であつて、酒席で猥褻な言葉を交はす間柄であり、本件犯行当時料亭の女将もこれを問題にしていなかつたことを始め、本件犯行が酒席の悪戯の程度を超えたものであつたことは所論の通りであるけれども、判示所為は婦女の自由身体に障害を与へ、公秩良俗に反するもので、刑法所定の犯罪を構成すること勿論であつて、違法性を阻却し罪とならないものということはできない。所論は独自の見解に基くもので採用できない。

同論旨第二、三点について。

本論旨の理由のないこと佐伯千仭外二名の論旨第三点について説示するところと同一である。

弁護人小西寿賀一の論旨第二点、佐伯千仭外二名の論旨第四点、鈴木正一の論旨第四点について。

本論旨はすべて原判決の量刑不当を主張するものであるから、所論を考慮し、記録を精査して明らかな本件は被告人等がいずれも相当飲酒の上の犯行なること、犯行の態様、被害者との示和の状況、被告人等の経歴性行等各般の事情を参酌するときは、被告人等に対して実刑を科するよりは、今回に限り相当期間刑の執行を猶予し、本件の如き行為の不法なることを感銘し、将来の行動につき自粛自戒せしむる方が刑政の大目的に合致するものと思われるから、実刑を科した原判決は重きに失し、本論旨は理由がある。

故に刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により直ちに判決するに、

原判決が証拠により認定した判示事実(但弁護人佐伯千仭外二名の論旨第三点に対する判断について説示した通り判示第一事実中「約二日間病臥を要し」どある部分を除く)に法律を適用するに、被告人等の各所為は刑法第百八十一条第百七十六条前段第六十条に該当するところ、いずれも有期懲役刑を選択し、尚被告人吉田政義、同新田忠義の以上の所為は刑法第四十五条前段の併合罪だから刑法第四十七条第十条第十四条により犯情の重い判示第二の罪の刑に加重し、且被告人全部につき犯情宥恕すべきものがあるから刑法第六十六条第七十一条第六十八条第三号により減軽した刑期範囲内に於て、被告人吉田、同新田を各懲役二年に、他の三名を各懲役一年六月に処し、尚前説示の事由により、刑法第二十五条第一項を適用し、被告人等に対し一年間右刑の執行を猶予し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条により被告人等の連帯負担とする。

よつて主文の通りの判決をしたのである。

(裁判長判事 岡利裕 判事 国政真男 判事 石丸弘衛)

弁護人佐伯千仭外二名の控訴趣意

第三点原判決には判決に影響を及ぼすことの明かな事実の誤認がある。

一、原判決が第一の公訴事実につき起訴状に記載せられた訴因を訴因変更の手続なしに被告人に不利に一方的に変更して、被告人等が共謀の上松本静子の身体の自由を拘束した上で同女の陰部に交互に手指を挿入し更に村上において陰毛約十本位を引き抜きまたは引きちぎり「因つて同女の健康状態に不良の変更を加へ約二日間病臥を要したる傷害を蒙らせた」ものと認定したことは上述の如くである。然しこの認定には右の訴因変更手続不践の違法の外、更に種々の事実認定上の欠陥がある。

(1) まずこの認定の中で静子の健康状態に不良の変更を加へたということ、就中約二日間の病臥を要する傷害を加へたという認定には十分なる証拠上の根拠があるとはいへない。この点について原判決が援用する証拠としては次のような松本静子の原審第三回公判における供述及び同人の検察官に対する第一回供述調書があるだけである。(1) 「問(裁判長)陰毛を抜かれた後身体の工合が悪くて休んだことがあるか。答 若干痛みはあり頭痛もしましたので二日程やすみました」(第三回公判における供述)(2) 「此の事があつてからその晩から頭痛がして二日間病臥しましたがその間奥さんから頭痛薬五回貰つてのみました」(検察官に対する第一回供述調書五項)これによれば、被害者が自ら後で頭痛がして二日寝込んだと供述しているだけであつて、どのような健康状態の不良変更があつたのか全く不明である。更にその頭痛が果して陰毛脱去の結果なのかどうか、寝込んだことが果して被告人等の行為との間にどのような因果関係があつたか全然明らかでない。蓋し単なる羞恥心から一、二日引籠るということも多分にあり得ることだからである。松本静子のこの点についての供述を全て真実として措信するとしてもそうなのである。いはんや松本は本件被害者であり、被告人等に対する告訴人であり、一時告訴取下げをしたにも拘らず、右証言当時はまたそれをひるがえそうとしていたのであつて、その供述に全然誇張がないとはいへない。例へば静子は乱暴されたのは二、三十分間というが傍観者たる東輝一はほんの瞬間だつたといつており(司法警察員に対する第一回供述調書三項)、それが本当だろうと思はれる。なほ静子自身の供述によつても本当に引抜かれた(毛根のついた)毛は僅か二、三本というではないか。仮りに本件後に寝込んだり、銀なべのおかみから薬を貰つたという事実があるとすれば、何故にそれが接着して取調べられた銀なべのおかみ(奥田君子の司法警察員に対する第一回供述調書)によつて裏書きせられていないのであろうか。更に静子が寝込んだというのと殆んど同じ頃に被告人の一人たる吉田の家に呑気に遊びに行き、被告人村上に金百円を出させて を買つた上でそれらの者と一諸にそれを食べながら談笑したという事実(原審第二回公判における梅本建三郎の証言、同第三回公判における松本静子の供述)と果してそれは調和するであろうか。――かくの如く検討して来ると、第一公訴事実における被告人等の陰毛脱去行為によつて松本静子の蒙つた影響は通常の暴行が伴うところの疼痛の範囲を越えたものとはたやすく措信し難いのであつて、被害者の言葉を文字通り採用した原判決は証拠の判断を誤り、その結果事実を誤認したものといはざるを得ないと信ずる。

(2) 原判決は被告人等が交互に静子の陰部に手を挿入したと認定しているがこれも十分な証拠はない。被告人等は何れもこれを否認しており、唯静子がそれを主張するのであるが、それは「感じでわかりました」という以上の根拠はないのである。茲にも被害者の誇張傾向が現れているのではないか。特に新田については傍観していた東輝一も「新田さんはその場に立つて皆が騒いでいるのを笑ひ乍ら見ておりました」(前出供述調書二項)と述べているのであつて、全員が陰部に指を挿入したという認定は明らかに無理な認定である。

二、原判決は第二の公訴事実について被告人吉田同新田は昭和二十七年三月二十六日同じく「銀なべ」において飲酒中松本静子に対して「両名犯意を共通して相協力して同女を寝台上に押し倒し、被告人新田は同女の口を押へ何れもその抵抗を排し被告人吉田は同女のモンペ及びズロースを引き下げて陰部に手指を挿入し因つて同女の右臀部に鶏卵大の右太股に十円銅貨大の夫々全治一週間を要したる打撲傷を蒙らせたものである」と認定し、両名について強制猥褻致傷罪の成立を認めている。然し果して原判決認定の如き打撲傷があつたかどうかがまづ必ずしも確かではない。蓋しそれは僅かに被害者本人たる静子及び同人と一体と見るべき更谷でんの供述により支持せられるに過ぎず、その両名の供述にしたところで、静子が臀部を露出して鏡に写しているところに「でん」が行き合せ、それを見て事情を訊ねたというのであつて、通常人として左様な場所を出していたとしても他人が来たら隠すのが普通なのに、のんびり露出した儘これを他人に見られるというようなことはありそうにもないことだからである。両名のこの点についての供述の信憑性は大いに疑問だといはなければならない。

三、更に重要なことはこの第二事実は、原判決も右摘示箇所の前において認めているように、「最初吉田が松本静子に案内させて用便に赴く途中劣情をおこし、同女を同家階下子供勉強室兼寝室(約二帖)に押込み、必死に抵抗する同女を寝台上に押し倒さうともみあつていた処偶々同様用便のため階下におりて来た被告人新田は右状況を目撃して吉田に加勢すべく」手を出したというのであつて、新田が加わるまでに吉田、松本静子との間には激しいもみ合いが続けられていたのである。而して静子の右臀部に生じたという鶏卵大の、及び右太股に生じたという十円銅貨大の打撲傷が仮りに原判決の認定する通りに加えられたものとしても、それが果して新田が加勢に入つてから後に加えられたものか、それとも新田が両名のもみ合いに全然関知しなかつた際に加えられたものなのか、これを判断すべき材料は何もないのである。否、むしろ松本静子の次のような供述を読めば、それらの打撲傷は新田の関与前に加えられたのではないかと思われる。「吉田さんを案内して便所の処まで行きました処急に通してある小供の勉強室兼寝室になつて居る二畳位の部屋へ私を無理矢理に押し込みその部屋の内で私にキッスをし様として唇をつけて来たのでそれをはねのけ様と二人がその部屋で争つて居る時その部屋の入口附近にある机の角で腰の当りをきつく打ちました」(検察官に対する第一回供述調書六項)この際吉田と新田の両名が最初より共謀の上で行為したものとすれば、その中の誰がどこで傷を加えたかは問題とならぬであろう。然し本件のように当初には全然共謀の意志がなく、一方が行為に着手した後で、それに気づいて他方の者が加担して行く場合には、この加担後に負傷したのであるという事実が証明せられない限り、後からの加担者にはその傷害の点についての責任を負はせることはできない筈である。尤も刑法第二〇七条は同時傷害について特にその傷害を加えた者不明のときも共犯の例による旨規定しているけれども、それは刑事責任に関する重大な例外規定であつて、唯かかる例外のある場合にだけ適用があるのである。本件のような場合に濫りに準用せられるべきものでない。

されば原判決が新田について、吉田と共に第二公訴事実について強制猥褻の罪責のみならず、更に致傷の点についてまで有罪となしたことは、証拠によらざる事実認定をなしたことになり、維持せられ得ないものといわなければならない。新田も他の村上、前田、塩津と共に単純なる強制猥褻罪としての責任を負ふに止り、而もそれについては被害者から四月二十六日告訴の取下が行われているのだから公訴棄却の判決を受くべきものである。

原判決はこれらの点においても維持せられ得ないといわなければならぬ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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